口の中にふと舌で触れた時、今までなかったはずの「しこり」を見つけて驚くことがあります。それが痛みや出血を伴うものであればすぐに歯科医院や口腔外科へ駆け込む決心がつきますが、全く痛くないとなると、ついつい様子を見てしまいがちです。しかし、痛みがないからといって放置して良いものばかりではありません。口の中にできる痛くないしこりの正体として最も頻度が高いものの1つに「粘液嚢胞」があります。これは唾液を作る唾液腺の出口が詰まったり、管が傷ついたりすることで、行き場を失った唾液が粘膜の下に溜まって膨らんだものです。特に下唇の裏側や頬の粘膜、舌の裏側などにできやすく、大きさは数ミリから1センチ程度で、青白い透き通った見た目をしていることもあれば、周囲の粘膜と同じ色をしていることもあります。この嚢胞は潰れてもまた再発を繰り返すのが特徴で、痛みがないために放置されやすいのですが、自然に治ることは稀であり、基本的には原因となっている小唾液腺ごと摘出する処置が必要になります。次に考えられるのが「刺激性線維腫」です。これは、頬の内側を頻繁に噛んでしまう癖があったり、合っていない入れ歯や詰め物が常に同じ場所を刺激し続けたりすることで、皮膚のタコのように粘膜が分厚く硬くなった状態です。炎症の結果として増殖した組織であるため、触ると少し硬い弾力がありますが、痛みはほとんどありません。刺激の原因を取り除かない限り、徐々に大きくなることもあります。さらに、上顎の真ん中や下顎の裏側にできる非常に硬いしこりの場合は「骨隆起」である可能性が高いでしょう。これは病気ではなく、顎の骨が過剰に発達して盛り上がったもので、触ると岩のように硬いのが特徴です。強い噛み締めや歯ぎしりが原因とされており、痛みはなく健康に害もありませんが、大きくなりすぎると話しにくくなったり、入れ歯の装着に支障が出たりするため、その場合に限って手術で削り取ることがあります。しかし、最も注意が必要なのは、痛みのない腫瘍です。口の中にも良性腫瘍や悪性腫瘍(癌)ができることがあり、初期段階では痛みを伴わないことが非常に多いのです。特に「多形腺腫」などの唾液腺腫瘍は、耳の下や顎の下、あるいは上顎などにゆっくりと時間をかけて大きなしこりを作りますが、痛みがないためかなり大きくなるまで放置されることがあります。また、口腔癌の場合も、初期は小さなしこりや粘膜の色の変化として現れ、神経を侵すほど進行しない限りは痛みを感じないケースが珍しくありません。自分で鏡を見て、しこりの境界が不明瞭であったり、表面がデコボコしていたり、あるいは2週間以上経過しても大きさが変わらない、もしくは大きくなっていると感じる場合は、決して自己判断せずに専門医の診断を仰ぐべきです。痛みは体が出す警告信号ですが、癌のような恐ろしい病気がその信号をあえて出さずに進行するという事実は、歯科リテラシーとして知っておくべき極めて重要な知識と言えます。日頃からセルフチェックを行い、自分の口の中の「いつもの状態」を把握しておくことが、異常を早期に発見し、健康を守るための唯一の方法なのです。
口の中にできた痛くないしこりの正体とは