「歯石を放置しておくと、取るときに痛いよ」と、よく言われます。これは、単に脅し文句ではなく、医学的に明確な理由がある、紛れもない事実です。歯石を放置する期間が長ければ長いほど、歯石取りの痛みが増していくメカニズムを理解すれば、もう二度とクリーニングを先延ばしにしようとは思わなくなるでしょう。そのメカニズムの鍵を握るのは、「歯茎の炎症」と「歯石の硬化・深部化」です。まず、歯石の正体は、歯垢が石灰化したものですが、その表面はザラザラで、新たな歯垢が付着しやすい温床となっています。歯垢は細菌の塊ですから、歯石がある場所には、常に大量の歯周病菌が棲みついていることになります。この細菌が出す毒素に反応して、歯茎は防御のために炎症を起こします。これが歯肉炎です。炎症を起こした歯茎は、血流が増えて赤く腫れ上がり、非常に敏感でデリケートな状態になります。健康な歯茎なら何でもないような、器具が少し触れる程度の刺激でも、炎症下の歯茎は「痛み」として感じてしまうのです。つまり、歯石を放置する時間が長ければ長いほど、歯茎の炎症は悪化し、歯石取りの際に痛みを感じやすくなる、というわけです。さらに、歯石は時間と共に、より硬く、そしてより深い場所へと進行していきます。最初は歯茎の上の目に見える部分に付いていた歯石(歯肉縁上歯石)も、放置されるうちに、歯周病の進行と共に形成される歯周ポケットの奥深くへと侵入していきます。歯茎の下にできる歯石(歯肉縁下歯石)は、血液成分を含むため黒っぽく、非常に硬く歯の根にこびりつきます。この硬くて深い場所にある歯石を除去するためには、歯科衛生士は器具を歯茎の下に挿入し、より強い力で歯石を剥がし取らなければなりません。当然、この処置は痛みを伴いやすく、麻酔が必要となるケースが多くなります。つまり、歯石を放置することは、①歯茎をより痛みに敏感な状態にし、②歯石自体をより取りにくく、痛みを伴う場所に育ててしまう、という二重の悪循環を生み出しているのです。歯石取りの痛みは、放置した時間と炎症の度合いに比例します。痛くないうちに、早めに取り除くことが、自分自身のためになる最も賢明な選択なのです。
なぜ歯石を放置すると歯石取りが痛くなるのか