私は、長年連れ添った夫を、口腔癌で亡くしました。夫はヘビースモーカーで、酒も大好きでした。口の中に口内炎ができても、「またか」と気にも留めず、歯医者嫌いも相まって、私がいくら勧めても、頑として病院へは行きませんでした。あの時、もっと強く言っていれば。その深い後悔が、私のその後の人生を変えました。夫を亡くしてから、私は自分自身の体のサインに、以前とは比べ物にならないほど、敏感になりました。特に、口の中のチェックは、毎日の歯磨きの際に欠かさず行う、私にとっての儀式となりました。小さな鏡を使い、歯茎、舌、頬の内側、上顎と、隅々まで観察するのです。そんなある日、下の前歯の外側の歯茎に、小さな赤みを見つけました。大きさは数ミリ程度。痛みも全くありません。普通の人が見れば、気にも留めないような、本当に些細な変化でした。でも、私の心はざわつきました。それは、かつて夫の口の中にあった、見過ごしてしまった病変と、どこか似ている気がしたからです。私は、その日のうちに、かかりつけの歯科医院に予約の電話を入れました。先生は、私の口の中を見るなり、「うーん、ただの炎症のようにも見えますが…」と少し首を傾げました。しかし、私が夫の話をし、「どうしても気になるんです」と強く訴えると、先生は私の気持ちを汲んで、「念のため、組織を採って調べてみましょうか」と言ってくれました。そして、生検から10日後。告げられた結果は、「早期の歯肉癌」でした。ステージⅠ、ごく初期の段階で見つかった扁平上皮癌でした。ショックよりも先に、「ああ、よかった」という安堵の気持ちがこみ上げてきたのを、今でも鮮明に覚えています。あの時、あの小さな赤みを見過ごしていたら。夫への後悔から生まれた、たった一つの「毎日口の中を観察する」という習慣が、私の命を救ってくれたのです。手術は成功し、私は今も元気に暮らしています。この経験を通じて、私が伝えたいことは一つです。自分の体を、最もよく知っているのは、自分自身です。そして、その小さな変化に気づけるのも、自分だけなのです。どうか、あなたも今日から、自分の口の中と向き合う習慣を持ってください。それが、あなたと、あなたの大切な人を守ることに、きっと繋がるはずです。