それは、単なる歯の痛みから始まりました。右下の奥歯が、何もしなくてもズキズキと疼くのです。仕事が忙しかった私は、「そのうち治るだろう」と高をくくり、市販の痛み止めでごまかす日々を送っていました。しかし、数日経っても痛みは引くどころか、じわじわと勢力を増していきます。そして、私は自分の体に起き始めた奇妙な変化に気づきました。まず、右側の首筋が常に張っているような感覚があり、寝違えたかのように首が回しにくくなりました。それに伴い、右肩にはまるで鉄板が入っているかのような、ひどい肩こりが現れました。マッサージに行っても、その場しのぎにしかなりません。さらに、ある朝、顔を洗っていると、右の顎の下に、ビー玉くらいの大きさのしこりがあるのを見つけました。触ると少し痛みがあり、熱を持っているような気もします。歯の痛み、首の張り、肩こり、そして顎のしこり。これらの症状が全て右側に集中していることに、私はようやく言いようのない不安を覚えました。インターネットで症状を検索すると、「歯の炎症」「リンパの腫れ」「放散痛」といった言葉が目に飛び込んできます。これは、ただの歯痛ではない。私は観念し、数年ぶりに歯科医院の予約を取りました。レントゲンを撮り、診察してもらった結果、原因はすぐに判明しました。右下の奥歯の虫歯が神経まで達し、根の先に大きな膿の袋を作っていたのです。先生は言いました。「この歯の炎症が、顎のリンパ節を腫れさせているんです。そして、痛みをかばって噛むことで、筋肉のバランスが崩れ、肩こりを引き起こしているのでしょう」。全ての不調の震源地が、たった一本の歯にあったという事実に、私は愕然としました。その日から、歯の根の治療が始まりました。治療が進み、歯の痛みが和らぐにつれて、嘘のように首や肩のこりが軽くなっていくのが分かりました。そして、あれほど気になっていた顎の下のリンパの腫れも、数週間後にはすっかり消えていました。この経験を通して、私は口の中の健康が、いかに全身と密接につながっているかを痛感しました。体からの小さなサインを無視することが、どれほど大きな代償を伴うかを、身をもって学んだのです。